鹿児島地方裁判所 昭和33年(わ)316号 判決 1959年4月17日
被告人 新森福吉
大二・一二・一五生 公務員
主文
被告人を無期懲役に処する。
領置してある「昭和三十三年度団扇事業会計」と題する綴中の永溝敬助、永溝英次及び宮田ケサ(二通)作成名義の各請求書及び各領収書(証第十六号中の関係部分)は、いずれもこれを没収する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、本籍地(旧鹿児島県出水郡米ノ津町)に出生し、昭和三年頃米ノ津小学校高等科二年を卒業して昭和十年頃まで同地において農業に従事し、その後佐世保海軍工廠造兵部及び山口県彦島の三菱造船所等に工員として稼働し、昭和十五年八月頃朝鮮警察官に採用されて朝鮮に渡り終戦まで同地の警察官として勤務し、昭和二十年九月頃本籍地に引揚げ、暫らく農業に従事したり等した後昭和二十三年六月頃鹿児島県出水郡米ノ津町役場吏員に採用され、昭和二十九年四月同町が同郡出水町と合併して出水市として市制施行されると同時に同市の吏員となり、昭和三十年四月一日より同市商工水産課主管の市営団扇工場の主任として原材料の仕入れ、製品の販売並びに同市の特別会計となつている同工場の会計事務等を担当していたものであるところ
第一、昭和三十一年五月頃同市の商工水産課長に就任した前田盛義(当四十七年)から同工場の製品を業者に売却した売掛代金を回収不能乃至は困難とならせないため早急に取立てるようにとか或は右代金の取立は約束手形でなく現金でするように等と度々種々指示されたが、その都度真実は数十万円の回収不能乃至は困難な売掛代金があつたり等して同工場の経営が困難であつたのに拘らず、前田課長に対しては心配されるような不良売掛金はない等と表面を糊塗した虚偽の報告をなし、更に昭和三十三年二月末頃昭和三十二年度分の同工場の決算見込書を作成した際にも未出荷の団扇半製品約百万円分を出荷したものの如く架空に計上して収支を合せた決算見込書を作成してこれを前田課長に報告したので、その頃同課長から右決算見込書に基く同年度分の同工場の売掛金約三百十五万円位を早急に集金するよう指示されたが、その集金が意の如くできないまま、昭和三十三年四月二十七日から同年五月五日まで急性盲腸炎により同市の市立病院に入院したのであるが、その間自ら同工場の帳簿を調査して右決算見込書と同工場備付の帳簿とに相違があり決算見込書による出荷数量が帳簿の数量よりも多かつたことを発見した前田課長から、同病院において「数字に喰違があるが、こんなことでは困るではないか」等と叱責されたことがあつて同課長の右所為を不快に思つていたが、同年五月五日同病院を退院したものの、同月八日同工場に出勤したのみで他は自宅で静養していたものであるところ、同月十一日日曜日の朝妻ハスノが団体旅行で阿蘇に赴き子供も遊びに出た後、一人肩書自宅で静養しながら、病後で活動ができないうちに前田課長が自ら同工場の売掛金の集金に行くようなことがあれば、被告人が従来同課長に対し前記の如く虚偽の報告をしていたことや団扇代金数十万円を同市の市金庫に納入しないで他に流用していたこと等の不正が発覚し、その結果失職することになるであろう、このことを防止するためには同課長が昭和三十二年度分の決算につき代金の回収或は帳簿の閲覧等についてこれ以上介入できないようにしなければならない等と考えている中に、以前被告人が購入した農薬パラチオンが自宅にあること及び当時衆議院議員の選挙運動期間中で鹿児島県阿久根市から尾崎末吉が立候補していることに思いつき、右パラチオンを飲物に混入したうえ右尾崎候補の運動員から選挙に関して贈るもののように装つて前田課長宅に郵送しこれを同課長に飲ませ暫らく中毒症にかからせて同課長が活動できないようにし、その間に売掛金の回収等をしようと考え、パラチオン入の飲物を前田課長宅に郵送すれば同課長のみならず同人以外のその家族や来客等もそれを飲むかも知れないし、場合によつてはそれを飲んだ同課長或はその他の者が死亡するかも知れないがそれも止むを得ないと決意し肩書自宅においてブドー酒の空箱をかりに包装紙で包み宛名と差出人名を記載する箇所を見当をつけたうえ宛名を「出水市大川内田原前田盛義様行」と、差出人を「阿久根市浜T生」とそれぞれ毛筆で記載し、右包装紙及びブドー酒の空箱の外パラチオン、荷札、麻紐、古新聞紙等郵送に必要な品物を準備して手提鞄に入れ、右鞄を持つて同日午前八時半頃自宅を出てパラチオンを混入する飲物を何にしようかと思案しながらバスで同日午前十時頃阿久根市阿久根駅に到り、同所においてカルピスは誰でも飲むものでありパラチオンを混入しても色が変らないであろうからカルピスに混入したらよいだろうと考え、同駅前の上三垣商店において三百三十四CC入りカルピス二本を買い求めて同駅前附近海岸に到り、同所においてカルピス瓶の王冠をきずつけないで開けるため長さ約六十糎六糎角位の固い割薪を拾い、その先端の角に右カルピス瓶の王冠をあててその瓶と右薪とを両手に持つて海岸の岩にあてて、右二本のカルピス瓶の王冠を開け、自宅から持参したパラチオン入り瓶のアルミ装ねじ蓋を開けてそのねじ蓋に八分目位宛パラチオン原液を入れ、これをそれぞれ右二本のカルピスに混入し、カルピスの色に変化のないことを確かめたうえ、手で王冠を叩いてそれを元通りにし、所携の紙に万年筆で筆跡のわからないよう小さな字で「私は阿久根市商工水産係の者です、貴男も公務員であるので表面的には動けないでしようが、今度の尾崎氏の出馬に当つてはよろしくお願いします。読んだらすぐ焼き捨てて下さい」との趣旨を記載し、これをも入れて右カルピス二本を自宅から持参した上記包装紙等で包装したうえこれを同日午前十一時三十分頃同市阿久根郵便局に持参して出水市下大川内田原千三百三十六番地の前田課長方に普通小包で送つてくれるよう依頼し、翌十二日頃情を知らない係員をしてこれを同課長方に配達させ、同月二十五日午後九時頃右前田課長方において、その妻前田文子(当四十四年)に右カルピス少量の試飲をさせたうえ、前田課長に水で数倍に薄めた右カルピス二口位を、来客一森栄蔵(当五十九年)に同じく水で薄めた右カルピスを一合入りコツプに八分目位各飲用させ、よつて右一森をして同日午後十一時三十分頃同市下大川内千三百七十九番地の同人方においてパラチオン中毒により死亡させて殺害したが、前田課長に対しては加療約四十九日間を要するパラチオン中毒症を、その妻文子に対しては加療約一週間を要する中毒症を、それぞれ負わせたにとどまり同人等を殺害するに至らなかつた。
第二、(一) かねて永溝敬祐より前同団扇工場備付の請求書兼領収書用紙二枚に各請求人欄及び各領収人欄に、それぞれ同人の押印を受けてあつたのを奇貨として、昭和三十三年四月八日頃鹿児島県出水市上知識百九十二番地所在の同工場において、行使の目的をもつて擅に右用紙二枚のうち一枚の請求人欄及び領収人欄に夫々永溝敬助の氏名を冒書し、同人が同月二日同工場に納入した原材料糊三百瓩の代金三万七千五百円を同市長宛請求する旨及び同市収入役宛右金額を領収した旨を各記入し、次いで他の一枚に前同様夫々錦江塗料店永溝英次の氏名を冒書し、同人が同月二日同工場に納入した原材料カシュー塗料四十二瓩の代金三万三千六百円を同市長宛請求する旨及び同市収入役宛右金額を領収した旨を各記入し、以て永溝敬助作成名義の右趣旨の糊代の請求書及び領収書各一通(証第十六号中の永溝敬助作成名義のもの)並びに永溝英次作成名義の右趣旨の塗料代の請求書及び領収書各一通(証第十六号中の永溝英次作成名義のもの)を順次作成偽造し、同月八日頃同市上知識四千四百五十五番地出水市役所において同市役所係員に対し、情を知らない同工場の雇屋久勇をして右偽造にかかる各請求書及び各領収書をいずれも真正なものとして一括提出させて行使し、同市役所係員をしてその旨誤信させて支払の手続をなさしめ、よつて翌九日頃同市役所内の市金庫において係員より原材料糊及び塗料代名下に現金七万千百円の交付を受けてこれを騙取した
(二) 同年六月二日頃前同工場において、行使の目的をもつて擅に情を知らない右屋久勇をして同工場備付の請求書兼領収書用紙の請求人欄及び領収人欄にそれぞれ宮田ケサの氏名を冒書させ同人が同年五月三十日同工場に納入した原材料真竹三十四束の代金四千四百二十円を同市長宛請求する旨及び同市収入役宛右金額を領収した旨を各記入させたうえ右各名下に「宮田」と刻した有合わせ印を押捺させ、以て宮田ケサ作成名義の右趣旨の請求書及び領収書各一通(証第十六号中の宮田ケサ作成名義の金額四千四百二十円のもの)を順次作成偽造し、同年六月二日頃同市役所において右屋久勇をして同市役所係員に対し、右偽造にかかる請求書及び領収書を真正なものとして一括提出させて行使し、同市役所係員をしてその旨誤信させて支払の手続をなさしめ、よつて同年六月六日頃同市役所内の市金庫において係員より原材料真竹代名下に現金四千四百二十円の交付を受けてこれを騙取した
(三) 同年七月二日頃同工場において、前同様行使の目的をもつて擅に情を知らない右屋久勇をして同工場備付の請求書兼領収書用紙の請求人欄及び領収人欄にそれぞれ宮田ケサの氏名を冒書させ、同人が同年六月十五日同工場に納入した原材料真竹二十束の代金二千六百円を同市長宛請求する旨及び同市収入役宛右金額を領収した旨を各記入させたうえ右各名下に「宮田」と刻した有合わせ印を押捺させ、以て宮田ケサ作成名義の右趣旨の請求書及び領収書各一通(証第十六号中の宮田ケサ作成名義の金額二千六百円のもの)を順次作成偽造し、同年七月二日頃同市役所において右屋久勇をして同市役所係員に対し、右偽造にかかる請求書及び領収書を真正なものとして一括提出させて行使し、同市役所係員をしてその旨誤信させて支払の手続をなさしめ、よつて翌三日頃同市役所内の市金庫において係員より原材料真竹代名下に現金二千六百円の交付を受けてこれを騙取した
ものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示所為中、第一の殺人の点は刑法第百九十九条に、各殺人未遂の点は同法第二百三条第百九十九条に、第二の各私文書偽造の点は同法第百五十九条第一項に、各同行使の点は同法第百六十一条第一項第百五十九条第一項に、各詐欺の点は同法第二百四十六条第一項に、各該当するところ、第一の一森栄蔵に対する殺人及び前田盛義並びに前田文子に対する各殺人未遂の点は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから同法第五十四条第一項前段第十条に則り犯情最も重い一森栄蔵に対する殺人罪の刑に、第二の(一)(二)(三)の各偽造私文書一括行使の点は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であり、且つ第二の(一)(二)(三)の各私文書偽造、同行使、詐欺の間にはいずれも順次手段結果の関係があるから同法第五十四条第一項前段後段第十条に則り結局いずれも最も重い詐欺罪の刑に、それぞれ従うべきところ、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるが、殺人罪について所定刑中無期懲役刑を選択すべきであるから同法第四十六条第二項に則り没収以外の他の刑を科せず被告人を無期懲役に処し、なお領置してある「昭和三十三年度団扇事業会計」と題する綴中の永溝敬助、永溝英次及び宮田ケサ(二通)作成名義の各請求書及び各領収書(証第十六号中の関係部分)は、いずれも本件各詐欺罪の用に供したもので偽造文書であるので何人の所有をも許さないものであるから、同法第十九条第一項第二号第二項に則りこれを没収することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人の負担とする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 古庄良男 浅香恒久 小出吉次)